2000年3月号 『ストマン』で年越しwith オーティス・ラッシュ

 Y2Kだ、ミレニアム危機だと人類の終末を迎えたような年末の大喧騒はなんだったんだ。世の流れに従順な優良市民の小生は(自分で言うなって?)、 12月最後の週に、近所の巨大スーパーマーケット「ドミニクス」にてY2Kショッピング。水やジュースのボトルを全部で20個。缶スープ、缶フード、冷凍食品、ビン詰類およそ50個。トイレット・ペーパーを20ロール。酒類もワイン、ビール、ヘネシー、ジャックなど買いまくりだ。おかげで冷え込みの厳しいシカゴで、小生の懐まで寒くなったぜ。しかも年が明けてみれば特に大きな事件、事故もなかったのはみんなも知っての通り。Y2Kの不安を煽りたてて、庶民から金を巻上げるなんて今流行りのグルのやり口と同じじゃねえか。「Y2Kも定説です」なんてくだらねえギャグで自分を慰めても仕方がねえな。ひとまずはめでたしめでたし、ということにしておこう。
 
 12月31日、日本では1900年代最後の大晦日とあって、いろんなイベントなどが催されたみたいけど、小生はシカゴ市内の「ブルース・エトセトラ」でオーティス・ラッシュとのギグだったんだ。ラッシュ家に8時頃着くと、オーティスは「まだ風邪ぎみだけれど、大丈夫だ」と言うものの、口数は少ない。予定されていたリハーサルもオーティスの体調不良でキャンセルになり、ぶっつけ本番ということになった。店に入ると、すでに30人ほどのお客が"happy new year"と書いたピエロ帽や王冠をつけて飲んでいたよ。シカゴでのニュー・イヤーズ・イヴのライブでは、通常このピエロ帽とカウントダウンで吹く紙でできたラッパを入り口で渡され、シャンパンが振る舞われるんだ。その分、入場料も普段より高くなっているんだよね。この夜はさらにビュッフェ式の食事が付き、飲み放題。で、入場料はなんと100ドル!100ドルでっせ。小生の知る限りでは最も高価なブルース・ギグだね。それでも9時を過ぎるとお客がどんどん入ってきたよ。
 
 9時半になると、アナウンスと共にバンドが3曲プレー。続いてオーティスの登場だ。Dのシャッフルから「I wonder why」、「Feel so bad」といつもの出だし。風邪で喉が本調子じゃないためか、オーティスの歌はいつもより短くギター・ソロが長い。それでもオーティス節が最初からヒート・アップしている感じだったね。約1時間のセットが終って、休憩。ミレニアムの瞬間が近づき、店の中も騒々しくなってきた。11時過ぎに2セット目が始まった。やはりバンドの3曲の前ふりの後でオーティスが登場だ。「Keep on loving me baby」や「All your love」「Gambler's Blues」などドンドンやる。メサ・ブギー・アンプのヴォリュームを7くらいまで上げたオーティスのギターの音はとにかくでかい。しかもすごい音圧でグイグイくるぜ。同じメサ・ブギーを使った小生だけれど、オーティスの4つのスピーカーに対して小生のは1つ。ヴォリュームを8くらいまで上げてかろうじて自分の音が聞こえるくらいだ。当然ステージ全体のヴォリュームも大きくて、セットの中盤から耳がジンジンしてきたよ。ベースのフレッドを見ると、ちゃんと耳栓をしているじゃねえか。さすが勝手知った彼は用意周到じゃわい。
 
 さて、セットの途中で12時まであと2分というところで、マサキ夫人がステージ下から合図を送った。ここで、一旦演奏をやめてカウントダウン、そして「蛍の光」を演奏するのがアメリカ流年越し行事なんだ。けれど、オーティスはプレーに深く入り込んでいたようで、合図も気に留めず「Stormy Monday」を歌い続ける。曲が終ったのはなんと12時も数分過ぎてからで、カウントダウンの機会を完全に逃してしまったよ。記念すべき2000年の幕開けをズッシリ重い「Stormy Monday」で迎えたというわけだ。セットが終った後でキーボードのマーティとシャンパンで乾杯しながら「『Stormy Monday』で年明けなんて、ディープでブルーな2000年になりそうだな。それもブルースらしくていいか」とジョークを飛ばして笑い合う。
 
 オーティスにとって99年はグラミー賞を受賞したものの、糖尿病が悪化して思うように演奏活動ができなかった波乱の1年でもあった。それだけに2000 年はより充実した年になることをひたすら祈る小生だ。もちろん小生自身も、そして読者のみなさんにも多くの幸があることを祈っているよ!!