木村充揮(憂歌団)シカゴ・ブルースへの思いを語る(1996年)

  先日しばらくの活動休止を発表した憂歌団。そのニュースが飛び込んで来たのと時を同じくして木村充揮さんが、10月下旬シカゴで行われたアジアン・アメリカン・ジャズ・フェスティバルに出演するためシカゴを訪れた。3日間のステージを終えた翌日、木村さんはわざわざ小生のウチにまで出向いてくださった。そこでタップリ熱い木村節を聞かせてくださったので、みなんさんもお楽しみあれ。今回は4ページのダイジェスト版だよ。

菊田:(以下菊)まず、今回アジアン・アメリカン・ジャズ・フェスティバルに出演されての感想はいかがですか?
木村:(以下木):えっとねえ。会場が何箇所かあって、僕がいくつか見た中ではアジア系のいろんなヒトがやっているっていうかんじで。ジャズいうても何がジャズなんか僕もようわからんねんけど、うん、いろんな人がそこでこんなんが好きでやってはんねんなっていうのを感じましたね。
菊:ちょうど10年前に木村さんが憂歌団の一員としてシカゴ・ブルース・フェスティバルに出られましたよね。その時と今回とで感触っていうか、違いというのはありましたか?
木:10年前来たときはシカゴのブルース・フェスやんか。その時にステージがなんやったかな、なんとかポーチいうて、セカンド・ステージみたいなところでやらしてもろうたんやけど。
菊:フロント・ポーチですね。  
木:そうそう。その時はもちろん楽しかったんやけど、出演したのがこっちのブルースバンドばっかしやったし。なんかええなあ。演奏もそうやけど、クラブのとか、会場の雰囲気が違うなあって思ったね。
菊:今回のステージでは「ゲゲゲの鬼太郎」とか「上を向いて歩こう」とか「お掃除オバチャン」、「パチンコ」とかやっていたじゃないですか。日本語で堂々と歌ってらしたわけですけど、お客さんの反応っていうのはどうでしたか?
木:まずはね。知らん人がおるでしょう。曲を知っている人の前でやるのと、まったく知らない人の前でやるのとあって、でも結局音楽っていうのは基本的に遊びやから、楽しみたいから。そんなかでどうやって遊んだろかな。それは考えてないんやけど、ポっと感じたことをやるだけやねんけど。
菊:なるほど。
木:昨日も、ポッとやった時に「鬼太郎」とかものすごう伝わり易いんか、あの半音の世界とか。だから、あれ。言葉ってわかる人しかわからんけど、歌とか音とか雰囲気というのはみんなわかるから、言葉で伝えようとしたら難しいいうか。こっちのブルースでも僕、英語全然あかんから、わかったらええのになあ、と思うけどわからへんから。でもその雰囲気で楽しめるというか。だからね、ブルースでもアドリブとかけっこうあって、歌にもその場を歌うというか。いつもそやけど。

菊:例えば木村さんは日本語で、その場の雰囲気で歌詞を変えたりとかっていうこともありますか。
木:たまにね。どんどん自由に変えられるようになりたいな、と思うんやけど、難しい(笑い)。いやあそやからほんまその時思っている感じでどんどんやれたらええなあ、思うねんけど。なんか考えてしまう自分がおるから。
菊:例えば今回出演された時に、アメリカでやるから英語の曲を中心にやろうとかっていうことは考えなかったですか。
木:そういうことはあまり考えなかったすね。僕自身これ以上英語の歌を覚えよういう気持ちがもうないからね。で、そんなことよりももっと日本語で出ていくいうか、自分が使こうてる言葉でもっといろいろできたらええなあって。
菊:普段日本でもやっていることをそのままこっちでもぶつけてっていうことですね。
木:そう。それがね。よく言うんです、僕。例えばBBにしろいろいろなブルーマンもおるし、僕なりに聞いて感じたことがあって。レイ・チャールズとかボブ・マーリーも好きで、でも言葉はわからへんねんけど、感じるものがあって。それは言葉を超えて感じるものがある。それが音楽のすごいとこやねんって思うて。でもその人らは自分らの言葉で歌ってる。だから僕らもいいものいっぱいもらっているから、今度自分らの言葉で好きなような音をだして、むこうにも感じてもらうというのがお返しやということ。だからコピーじゃなくて、自分らを出すっていうのが基本やと思っとるから。
菊:なるほど。
木:逆に日本におって日本語しゃべってて、英語の歌ばっかり歌ってたらちょっとヘンやと思われても当然と思う。必然性がないでしょ。アメリカにおって日本語でばっか歌ってたら変人でんがな(笑い)。僕たまたまこっち来てそれしか知らんから日本語で歌うてるけど、そんなやから。とっくの昔のエノケンにしろ江利チエミにしろ美空ひばりにしろあの頃から英語の曲を日本語で歌ったり、英語で歌うたりやってるから。それがいつのまにか無くなっててて、知らぬ間にこちらのコピーばっかりやってるとか。なんやかんや言うて、むこうのメロディ、むこうのリズムばっかりで自分らのメロディ、リズムはなんやねん、って思うから。て、言うた時に自分のタッチとか、自分の勝手にパッと出てくるものがなくなってくるから、そんな奴はまだまだ表現があんまでけへんと思うけど。とか何とか言っちゃって(笑い)。

菊:シカゴっていうとブルースのルーツを強く持つ木村さんには特別な思いっていうのはありますか。
木:うん。そういうのっていうのはね、ありますよ。10年前に来て一番嬉しかったのは、マックスウエル・ストリートでやった時だったから。そんな大きな会場でやるよりも。ストリートで、というか。その時にやっぱりうんブルースというか、いろんなこと思うたからね。ブルースでもマディとかエルモア・ジェイムスとかいろいろいてるでしょう。僕がねここ近年一番好きやったのはアルバート・コリンズでしたね。日本にも何回も来て見たりとかもして。ものすごう硬派やから。BBもアルバート・キングにしてもええねんけど、コリンズが一番パワーあるなあって(笑い)。で、ものすごい好きやったのは、あの人若くして死んでもうたでしょう。人っていつ死ぬかわからねんけど、ものすごく残念ですがな。悲しい、残念。でもそれだけでは終らへん。よっしゃ、俺は彼からすごいもんをもろうたんやから俺がやったろう。そういう気分なってきまんのや。
菊:いや、それってよくわかります。僕も生前のジュニア・ウェルズにはすごく御世話になったしブルースも含めいろいろ教えてもらったんですが、そのジュニアも今年の1月に亡くなって、やっぱり彼から学んだあるいは得たものを自分なりにしっかり音にだしていきたいなあって思っていますから。
木:そうそう。もちろん僕はコリンズやない僕やけど、もらったものを自分なりに出してやろう思うて。フレーズとかそんなんやない。その気持ちや。それで俺は自分でギター弾いた時にたまたま手がこう行くんや、とか。うん、まだほんまはこうなんやけど、それが今はまだ探している途中やとか。でもそのうち自分に出てくるやろとか。勝手に出てくるっていう感じでやりたいから。歌も一緒で。そんなふうにできたらええななって。
菊:いわゆるフィーリングですね。
木:そうそう。ほんま。そういう意味でいい音楽ってそれを感じさせてくれるから。
ブルースってシンプルでしょ。決め事が少なく、自由に。決め事ばっかり多かったらそれに縛られて自由になられへん。できるだけ少なくしてそこで自由になれる、というのが。うん。理屈抜きの感じるもんがものすごい大きなもんやから。教会でもありますやんか、よう。朝起きてこうなったとスパーンって。出すだけでも救われるというか。人に悩みを話して。聞いておる人がおるだけでもう嬉しいとか。でも一方通行じゃなくて、今度は逆転することもあるから。そういうことって大事や。ライブも一緒や。いろいろね。
菊:コミュニケーション。
木:絶対もう。でなかったら人がいてる必要ないから。
菊:やっぱ僕もこっちでやってて一番思うのはそれですよね。ミュージシャンと客とのコミュニケーションがすごい密というか。シンガーが何かひとくされ歌うと、「イエー、ザッツ・イット」とか「イエー、アイ・フィール・イット」とかなんか合の手を返してきてすごいお互いに盛り上がったりする時があります。でも逆に演奏がつまらないとすぐに帰っちゃう。すごい「クソッ」て悔しい思いするんですけど、そういう意思表示のストレートなお客が多いし、我々ミュージシャンもそういったお客に育てられているんだなあって時として感じますね。
木:そう。だからやっぱり身近にライブできるのってごっつええなあって思うな。ところが日本でいうたら急に大きなところから始まった人なんかそういう世界あんまりわからへんし、なんか。だいたいみんなクラブから始まって、ライブハウスでやって自然に大きなところでやるやつはやると。そんなもんやからね。町にはええクラブがあって、音楽好きなヤツがおって、そこでいつも生演奏があって、そういう店が何軒かあって。たまに祭があるんや。年に何回か。そういうときにみんな集まってやる。それが一番や。町には大きなホールはありけど、店はなくて、なんか変やなあって。なんでみんなもっと自分らで楽しめんやろう。こっちはやっぱ環境すごいええな、と思うけどね。

菊:憂歌団はしばらく活動を中止されるそうですけど、20年以上もオリジナル・メンバーっていうんだから長いですね(笑い)。
木:ホンマやなあ(笑い)。23年、4年になるのかなあ。
菊:それだけいろんなプレッシャーやらレコード会社からの要求とか外からのプレッシャーなんていうのもかなりあったと思うんですが。
木:そういうのはちょとあったけどね。締めきりでもう出せ、出せとくるから。作りたくないのになんで無理やり作らなあかんのやろって。でけへんかったら人の曲とか、他のメンバーもあんねんけど。他のメンバーも自分で作った曲やったら自分で歌うたらええのになあって思うて。そいつが作ったからやっぱそいつの世界やから、でも一応俺がヴォーカルやから、で、歌ってくれよって。まあおれ歌うけど、歌わへんのかあ?って言ってみたり。とりあえず時間。締めきり、新譜新譜って全部出てくる。本人らがほんましたかったらええねんけど、周りから言われて無理やりばっかりやってたら本人らの気持ちなくなるから。プレイヤーが自分達の気持ちなくなってもうたら終りやから。そういうことしたくないと思ったことが何回もある。恥ずかしい話しやけど。
菊:いや、でも多くのミュージシャンがそこで苦しむんじゃないですか?特にメジャーになれば余計そういうのがでてくるんでしょうね。
木:でもメジャーというか、メジャー、マイナー関係なくて、メジャーこそ、プレーヤーしっかり自分のやりたいことをしっかりやらなあかん。そんだけ影響があるんやし。例え言われたから、とか人のせいにしとってたらでけへんもんね。おれは音楽好きで、自分を好きやし、そうやらなできへんて思ってやるのが。だから別にブルースにこだわることもないやろうし。こだわるいうのは、壊れるんちゃうか、思うて怖い人がそういうことするみたいな。もう全然オッケーって言うたら自分の体の中にちゃんとあるもんやから。どんな音楽しても大丈夫。

菊:ブルース・ギャングのほうは今はやってないんですか?
木:うんとね。ちょといろいろあって今はちょっと休んでいるんですけどね。僕もまたやりたいなあ思うて。
菊:あれは面白かったですよね。ドラムの氏永さんからCDいただいてけっこう聞いたんですよ。
木:うんうん。氏永も河内(博、ギター)もみんなアホやしね(笑い)。結局おって楽しいんですわ。アホんなれるいうんか。1年中ずっと一緒やないねんけど、一緒にポッと遊ぼういうて、バンドをやって遊んでるときは楽しいですね。で、遊びは本気でやるのが面白いいうのかね。いいかげんやったら面白うないからね。余裕もちながらゆっくりエキサイトにやろうか、とか言うのがよろしいがな。ゆっくりエキサイトなつもりがなんかエキサイトしたらそればっかになったりとか、ゆっくりのまんまダラ〜っとなったりとか(笑い)。ま、いろいろあんねんけど(笑い)。
菊:体調とかもありますしね(笑い)。
木:雨の日もあれば、たまには嵐が来る日もあるやろう。自分の中でも。それも軽くま、これがちょっとしたら過ぎたらええ天気になってくうで、って思ったりして。せやからみんなその人の感性とか個性とかいろいろあるし。あんねんけど、音楽っておもしろいもんでね。人の音を聞きすぎると自分の音を出すことを忘れてまうし、自分の音ばっかし出し過ぎると自分の音忘れてまうし。でもそういう事を考えているときいうのはまだそういう時や。そんなこと忘れてみんなで楽しくやろうや。ていうのが基本やから。
菊:老若男女問わずみんなで楽しくやろうって。「Let the good times roll」ですね。
木:ほんま、そうやから。全然そう思うてるんやけど。文明や、コンピューターとかいろいろあるけど、音楽って、いい音楽ってもどしてくれるから。子供に戻してくれるっていうか。だから子供にもおじいさんにも伝わるんやと思うし。人と出会いを作ってくれるやろ。一番はライブやし。CDとかテープとかいうのは、ラブレターやから。音のラブレターいうて。でもなんでラブレター出すのかいうたら、一番は会いたいっていうことやから。ライブでみんなに会えるいうんが、一番の楽しみやね。せやからこれからもいろんな人に会いに出かけていきたいなあ。